北海道紀

北海道を主に舞台とした短編小説を、毎月末に投稿しています。

好きな女性に告白しようと思っている

 〜

 Nさんに告白しようと思っている。

 職場のみんなには、悪いけど。

 駆け抜けで。

 次の休日、時間あるから

 一緒にご飯に行って。そこで気持ち伝える。

 Nさんは男の人と付き合ったことないから

 びっくりするかもだけど。

 もう気持ちを伝えるのを我慢できないから。

 〜

 

 私は官公庁で働く23歳の男。昨年の春に、新卒で入庁したばかりである。

 

 私の課内は約30人が所属しており、私の同期は4人いる。私と同じ大卒で入った男が2人、警察官から転職してきた中年の男が1人、そして保険会社から転職してきた私の3つ上の女性が1人である。

 

 率直に申し上げると、私は同期の女性に一目惚れしてしまったのである。今回は、若い男の初々しい恋の物語を赤裸々に綴っていこうと思う。以下、拝見願う。

 

 私は庁舎から徒歩20分の独身寮に住んでおり、彼女は、私の独身寮の隣の公宅に住んでいる。そして、私と彼女はどちらも自家用車を所持していない。(ちなみに私は、自家用車を持たずに不便な日常を送ることで、青春をずっと味わえると考えている)

 

 詰まるところ、一緒に登退庁ができるということである。私はこの好機を逃すまいと、彼女が毎日徒歩で通っているルートで朝待ち伏せする作戦を取った。

 

 噂通り彼女が独身寮の前を通過した後に、偶然を装って後ろから追いつき「ボンジョルノ」と挨拶を交わした。その後は何気ない会話を通して2人の心の距離を縮めていく。

 

 余談であるが、私は09-10シーズンのモ○リーニョ率いるイ○テルがCLで優勝した瞬間をテレビの前で目の当たりにして、すっかりセ○エAの虜になってしまった。その日から私は隙を見つけては、イタリア語を日常会話に織り交ぜる癖がついてしまったようだ。

 

 閑話休題

 

 庁舎に着くと、同じ執務室内であるが席が遠いため、会話をする機会がなくなる。私は席が入り口に近い端っこに位置しており、また彼女に背を向ける格好になるため、業務中は彼女を視界に置いておけないのが悔やまれる点である。

 

 しかし私の心は常にスクランブル体制である。彼女がトイレに行くタイミングや売店に軽食を買いに行くタイミングを逃さずに、偶然を装ってついて行くためにアンテナを張っている。

 

 毎回のようについて行くと、相手は警戒心を持ってしまうため頻度は考慮する。廊下で軽く挨拶を交わす程度でも、親密度は蓄積されるため少ない機会を私は大切にする。

 

 退庁時、彼女が帰る時間を見計らって私も家路に着く。執務室の入り口近くに席を構える私は、彼女に背を向けているとは言え、彼女が上着を着て退室する確定演出を見届けられるため、すぐに後を追いやすかった。

 

 一本道で彼女の背中を捉えた私は小走りで追いつく。荒げた呼吸を胸の奥にしまい、彼女を見かけて追いかけてきた雰囲気を押し殺す。「あれ、Nさんだ、奇遇だね。せっかくなら一緒に帰ろうよ。」と猿芝居を打ち、彼女の横につく。

 

 「仕事はだいぶ覚えた?」と無難な質問で心の扉を開く。「まだまだだね。支出関係のことが全く理解できない。Sさんは?」「俺もまだまだ。やっぱり一年通して全体像掴まないと、どこをゴールにこの業務が行われているのか理解ができないよね。」「うんうん、わかるわかる。」会話のキャッチボールは順調である。

 

 その後も言葉のキャッチボールが続き、肩が温まってきた所で少し強めのボールを投げてみた。

 

 「休日は普段何してるの?」「休日は気になる飲食店に行くことが多いかな」「今気になってる飲食店はあるの?」「ちょうど駅前に気になってる洋食レストランがあるの。」「よかったら一緒に行かないか?」「うん、いいよ。」「ありがとう。細かい話は、L○NEでしよう。連絡先を聞いても良いかな?」「良いよ。これが私のID、よろしくね。」

 

 とんとん拍子に話が進み、胸いっぱいに高揚感を覚えた私は、陽気な調子で別れの挨拶を交わした。

 

 数日後、駅前の洋食レストランで向かい合って座っている私と彼女がいた。私はカルボナーラを注文して、彼女はオムライスを注文した。

 

 「オムライス好きなんだ。」「私はオムライスが大好物なの。オムライスがお店の看板メニューであると扉に貼り紙がしてあったから、つい気になってたんだよね。」

 

 二人きりの楽しい空間に、心とお腹を満たした私は彼女とお店を出た。雲一つない晴天の中、家路に着いていると彼女がフラフラし始めたので私は彼女の肩を両手で支えた。

 

 「あっ」と見つめ合う私と彼女。「いやいや、早まってはいかん。」私は彼女の肩からそっと手を離して目を伏せた。彼女も顔を紅潮させながら目を逸らした。

 

 その後はお互い忙しくなり、同じ空間に居るが話す機会がなくなった。そのまま暑く、熱くない夏がすぎて秋がやってきた。

 

 私はバスに乗るようになった。なぜなら彼女がバスで通うことを知ったからである。車内で「おはよう」と一言交わすために、往復560円を払い続けた。

 

 そして年が明けて、私は衝撃の事実を知ることになる。私は課内の庶務を受け持っており、本庁に課内の勤務状況を報告しなければならないのだが、その過程で行われる来年度の調査において、彼女が産休・育休を取得する予定であることが判明した。

 

 私は大きなショックを受けた。いつ頃から付き合っているのかを探ってみると、入庁して一ヶ月足らずだと言う。 彼女は釣った魚を大事に育てつつ、趣味でキャッチアンドリリースを楽しんでいた。私は彼女のルアーに踊らされていたのだ。 私は彼女の倫理観が嫌いになった。

 

 最後に行ったあの食事の時はまだチャンスがあったのか、それとも彼女なりの最後の不器用な挨拶だったのか。それを今更聞くのは野暮ったいので、カルボナーラの味と共に心の奥にしまっておく。

 

 私は今振り返ると、正直無理をしていた。彼女に好かれたくて、彼女の行動に自分の全てを合わせようとしていた。一度きりの人生、無理をしたって良いじゃないかと思っていたが、自然体でいる私を愛してくれる人が現れることを期待したい。

 

 メジャーリーグで活躍している○谷選手も、結婚後のインタビューで以下のようなコメントを残している。

「…一緒にいて楽だし、楽しいし。僕はひとりでいたときとそんなに変わらずにいられるんです。彼女がいるからといって喋り方が変わるとか食べ方が変わるとか、そういうことなく、気を遣う必要がないので、最初から僕は何も変わらずにいられるというスタイルでした。そういうところなんじゃないかな。」

 

 この一年の出来事は、「令和5年度 恋物語」として私の心に綴っておこうと思う。いずれ来たる恋物語セカンドシーズンに於いて、役立つことを信じて。

 

 

 完

 

 

最果ての地「トバリ市」へ

 ノモセ湿原を抜けると、車窓いっぱいにオホーツク海が広がる。窓を開けると、春の穏やかな風が頬を優しく撫でた。

 

 私は今年の4月から社会人としての一歩を踏み出す。シンオウ地方の中心都市である、コトブキ市に本拠地を構えるシンオウ庁に入庁した。そして私は、出先機関の一つが置かれているトバリ市に勤務することになった。

 

 シンオウ地方津々浦々を堪能したいと思った時に、シンオウ地方内を3年おきに異動するシンオウ庁に勤務することが打って付けであると考え、シンオウ庁を志望した経緯がある。

 

 コトブキ大学を卒業して、ノモセ市の実家でくつろいでいると、トバリ庁から一本の電話が入った。「おはようございます、トバリ庁企画課のIと申します。S様はトバリ庁企画課に配属されることになりました。4月3日にトバリ庁で辞令式を行いますので、お越し願います。業務などに関する詳細はその際説明いたします。失礼します。」

 

 これぞ役人と言った感じの、簡潔で無駄のない言葉選びであった。

 

 汽車から降りた私は、今日からお世話になる寮母さんに一本の電話を入れた。「こんにちは。本日からお世話になるSと申します。ただいまトバリ駅に着きましたので、あと20分ほどで到着すると思います。」「道中気をつけていらしてください。お待ちしております。」寮母さんの温かい言葉に安堵の気持ちを持った私は、軽い足取りで丘の上の独身寮を目指した。

 

 丘の麓まで行くと、独身寮前直通のバス停があるため、バスを利用した。丘を登る途中で、春の陽光を浴びてキラキラと輝くオホーツク海の光景が目に飛び込んできた。思わず見惚れてしまった私は、トバリ市での生活に高揚感をより覚えた。

 

 終点の独身寮前で降りた私は、緊張の面持ちで入寮した。玄関のすぐ右手に受付カウンターがあったので、チャイムを鳴らして寮母さんを呼んだ。すぐに奥の扉が開いて、小柄な白髪の女性が出てきた。

 

 「先ほどお電話したSと申します。今日からお世話になります。」「遠いところからご苦労さまです。今お部屋までご案内いたしますね。」寮母さんは、電話口で感じた優しい印象そのままであった。

 

 独身寮は3階建であり、一階に浴室・食堂・トレーニングルーム・個人部屋、二階と三階は個人部屋があり、各階に共同のトイレと洗面洗濯所がある。

 

 個人部屋の扉を開けると、9畳のワンルームに押し入れとクローゼットが取り付けてあり、十分快適に一人暮らしをできる環境が整っていた。

 

 しかしネット環境については、自分で整えなければならなかった。私は明日、某携帯会社の、コンセントを差すだけでネット環境が整うルーターを買いに行くことにした。

 

 翌日、私は独身寮前のバス停でバスに乗り込んだ。トバリ市では、「お買い物バス」と呼ばれる、商業施設が買い物客の足を確保するために運行するバスが走っている。通常のバスよりかなり小さく、運転手を含めて8人乗りである。

 

 お買い物日和だというのに、乗客は私以外いない。なぜなら、周りの職員は皆自家用車を所持しているからだ。私は、目的地に真っ直ぐ行けない公共交通機関を利用することで、新しい発見があるかもしれないと思い、自家用車を保持していない。

 

 バスに揺られて15分ほど経つと、道路の両脇にお店がズラリと立ち並んでいた。ちょうど某携帯会社の支店前にバス停があったので、そこで下車した。私の地元であるトバリ市よりも、街の規模は落ちるが、生活する分には十分満足できると私は思った。

 

 毎回「某携帯会社」と打つと、指が腱鞘炎になりそうなので、仮に「英雄」とさせていただく。私の大学生ライフ、そしてこれからの社会人ライフのネット環境を支えてくれる正に「英雄」のような会社であり、敬意を表してこの仮名を着けた。決して当て字なんかではない旨申し添えする。

 

 閑話休題

 

 お店の中に入ると「いらっしゃませ」と、トバリ市に来てから、寮母さんに続く二人目の歓迎を受けた。

 

 「お客様、本日は何のご用件でしょうか?」「コンセント差すだけでお馴染みのルーターを入手したいです。」「入手ですか?購入ということでよろしいですね?」「購入で構いません。先ほどアザラシを三頭ほど狩った報酬で懐は潤っています。」「かしこまりました。(苦笑)只今お持ちいたしますね。」

 

 「こちらがルーターになります。先ほど仰ったように、コンセントを差すだけでネット環境ができます。」「気になるお値段は?」「本体は一万円で、ネット使用料月額六千円弱かかります。」「本体は今日購入できるとして、問題は月額ですよね〜。うん、分かりました、ハント頑張ります。」「お買い上げありがとうございます。またのお越しをお待ちしております。」

 

 無事ホームルーターを購入できた私は、近くのフライドチキン屋に足を運んだ。店内に入ると、焼き立てのチキンの香りが私の鼻を支配して、胃が躍り出した。

 

 「いらっしゃいませ。お持ち帰りですか?それともお召し上がりですか?」「どちらがオススメでしょう?」「それに関しましては、お客様のご都合次第となります。」店内に国道を見渡せるカウンター席を発見した私は、「国道愛好家の私にピッタリの席を見つけたので、ここで食べていきます。」と返答した。

 

 「メニューはお決まりでしょうか?」「チキンバーガーセットくださいな。」「サイドメニューはどうしましょう?」「ポテトくださいな。」「ドリンクはどうしましょう?」「コーラくださいな。」「かしこまりました。お好きな席でお待ちください。」

 

 私はもちろん、国道が見渡せる窓側のカウンター席に座った。私の前を通り過ぎる車の大半がトバリナンバーであった。小さい頃に見慣れたノモセナンバーが少ないことにノスタルジーを覚えた私は、心の穴を埋めようと運ばれてきたハンバーガーセットを忙しなく口へ運んだ。

 

 結局埋められたのは空腹感のみであり、依然寂しさを感じた私はミズモリカオリの「ノモセ湿原」を聴きながらバスで家路に着いた。

 

 寮に帰り、部屋のドアを開けると南向きの窓から真っ赤な夕陽が差し込んでいた。故郷が世界三代夕陽の名所であることを思い出しかつ、帰宅の過程で愛郷の気分になっていた私は、思わず涙を流してしまった。

 

 翌朝、寝袋から身を出した私は引越し業者が来る11時に備えて身だしなみを整えた。

 

 部屋に黄色い日差しが入ってきた頃に、内線が鳴った。「S様おはようございます。引越し業者の方がお見えになりましたので、ご対応願います。」と、寮母さんからの電話だった。

 

 階段を降りて、玄関に向かうと屈強な男性が二人いた。「S様おはようございます。引越しセンターの〇〇と申します。本日は〇〇と××の二人で作業に当たらせていただきます。よろしくお願いします。」紳士さを兼ね備えたキン肉マンでモテない人は居ないだろうと余計な思考を巡らせながら私はお辞儀した。

 

 二人に運んでいただいた段ボールを開封して机や椅子を配置していく。私は寝相がすこぶる悪いため、ベッドではなく敷布団を使うようにしている。また、転勤族になるため最低限の家具に抑えるようにしている。

 

 翌朝、私は海抜100mの丘の上にある独身寮から庁舎までの道のりを、イヤホンでマ○オカートのbgmを聴きながらトップスピードで降りて行った。

 

 

 完